〜一ヶ月前「ケイネラス王国」………
私は王国の政務を担当していた。連日、他国との政治の交錯に外交のゴタゴタが度重なり、私自身の疲労や心労も限界を迎えていた。
「よう!どうだ?政務って奴の仕事は?」
ザイバックが冗談交じりに言ったが、私はまともな応対が出来ない程だった。
「……駄目だな…私には荷が勝ちすぎる……。」
「おいおい、何弱気になってんだよ?お前らしくもねぇ。」
ザイバックの励ましも虚しく、私は既に机に顔を伏せたまま意識を失っていた…………。
「…い……おい……おい!」
ザイバックの声に漸く意識を取り戻した私は、王宮看護院のベッドにいた。
「………一体……私は……?」
「いやぁ、ビックリしたぜ。書類が山積みになってる机に顔を埋めて気絶してんだからよ!」
「そうか……気絶してたのか………ハハ、情けないな。」
「よっぽど政務って仕事は疲れんだな……。」
眉根をよせて感慨深くザイバックは言った。
「何言ってるんだ。君の方が大変だろう?何たって命懸けなんだからな!」
私が言うや否やザイバックはニヒヒと笑い、自信に満ちた表情で厚い胸板をドンと叩いた。
「心配無いぜ!!俺は戦闘が好きなんだよ♪なんつうか、こう、自分の力を確かめられんだよな……。」
ムフフと品の無い含み笑いが聞こえてきそうな顔でザイバックは言った。この男とは昔からの腐れ縁だが、いつまで経っても私はその感覚に頷けなかった。まぁ、私が兵士でも何でも無いからだろうが………。そんなやり取りをしていると、突然、国王の側近が大慌てで駆け込んで来た。顔は険しく、余程の大事だと暗に言っているようだった。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「そんな怖い顔して…分かった!国王が不倫したとかか?」
「ザイバック!!慎め……。」
「………あい……。」
「…大変です!!国王様の寝室に、侵入者が!!」
その言葉に私は自分の血の気が引いたのを感じた。ザイバックは側近が言い終るのと時を違わずして風の様に走り去った。
私も、こんな一大事に寝ているわけにもいかず、ふらつく足元を壁で支えながら必死に国王の寝室まで向かった。
「何てことだ……他国の暗殺者か?!……。」
ふと思いつく国王殺害という最悪の状況を掻き消しながら、ザイバックから遅れること20分……私は国王の寝室に、ザイバック達に取り押さえられている一人の少女を見つけた。
「おい!どうやってここに入った!?理由によっちゃガキと言えど死刑だぞ!」
ザイバックの怒号にも全く動じずにその少女は黙して語ろうとしなかった……。その時、私は自分でも無意識の内にザイバックの手を払っていた。
「……おい、どうしたんだよ?ケイス……。」
あまりに意外な私の行動に少々困惑気味なザイバックの声に我に返った。
「え!?……。」
「え!?じゃねぇよ……何で俺の手を払うんだよ?」
「……いや、それはだな……。」
自分でもよく分からないままにした事だからこれと言った理由も無い。返答に困窮していると、不意に私の背から低く落ち着きを構えた声が聞こえた。
「私の寝室に侵入した者とはその娘か?」
一瞬、脳が混乱して声の主を特定出来なかったが、間もなくしてそれが国王であると気付いた。
「こ、国王様!?一体何故このような場所に?」
「何を言うケイス政務卿…ここは私の寝室だ…出向くのも道理であろう……それに、私はそこの侵入者に恨みを買われているかもしれんのだ……。でなければ一国の王の寝室に忍び込もうなどと考える愚か者はおるまい……故に何か意見したくば聴いてやろうと思ってな……。」
どっしりと威厳に満ちた顔で「ケイネラス王国」国王「リーゼンバート・ケイネラス」は言った。彼は世界の中枢であるこの王国を完璧なまでに治め、国民からも絶大な人気を誇っている。そんな今まで恨みの“う”の字も無かった彼にとって、今回の件はあまりに意外であったのだろう……一般常識で考えても、自分の命を狙っていたかもしれない侵入者の前にワザワザ身を晒す真似はしないハズだ。まぁ、例えどんな腕利きの暗殺者でも、ザイバックの警護から逃げられるワケは無いだろうが……。
「どうだ?娘よ……何か私に意見する事があるのか?」
あくまで優しく少女に接する王の姿に偉大さを感じていると、その少女は突然にザイバックの腕からスルリと抜け出し、王を突き飛ばして寝室から逃げ出そうとした。
「この!……待ちやがれ!!」
ザイバックの体の方が格段に速く寝室の扉に着いた。少女は再び取り押さえれ、身動きが取れなくなった。
「大丈夫ですか?国王……。」
私は倒れた国王の体を起こすと、再び無意識に言葉を発していた。
「国王様……その少女、もしや記憶を失っているのでは?」
「何?……それはまことか?……ザイバックよ、その少女の身元を尋ねてみよ。」
「はぁ……おい!お前、どっから来た?」
ぶっきら棒に聞いたザイバックの顔をキッと睨みつける様に少女は、
「………分からない………ここがどこかも……何にも…分からない……。」
そう吐き捨てた。ザイバックはボリボリと頭を掻きながら王に視線を向けた。
「……だそうですよ……。」
「ふむ、嘘をついている目には見えん……どうやらケイス政務卿の言う通りその少女は記憶喪失の様だ。恐らく自分の家かなにかの記憶と混同してここに来てしまったのだろう……。」
憶測を立てる国王に私は尚も無意識に言葉を投げ掛けていた。
「……私がその少女の身柄を引き受けます……。」
そう言い終ると、私はハッと我に返っていた。ザイバックと国王の驚愕に満ちた顔が私に一斉に向けられている……。何て事を言ってしまったんだ……。
「おいおい!ケイス!いきなり何言い出すんだよ!?マジで言ってんのか?」
ここまで言ってしまったら引っ込みはつくまい……私も男だ!自分の言葉には例え無意識の言葉であっても責任を持たなくては!そう腹を括り、ザイバックに頷くと、国王の声が私を呼んだ。
「ケイス政務卿よ。先の少女の記憶喪失を見抜いた事といい、身柄を引き受けると名乗り出たのといい……何か隠しているんではないか?……その少女に関して何らかの関係があるんでは?」
とんでもない事になった……私に疑いと懸念が懸けられている。
「……いえ、決してそのような事は……。」
「分かった……貴公の申し出を受諾しよう……しかし!貴公への疑が解けたわけではない!よって、この王国での身柄引き受けは了承出来ん……貴公には政務卿の職から外れて、辺境の街カルナムールの取り締まりの任を命ずる。そこでその少女の身柄を引き受けるが良い。」
………こうして……私は少女の身柄を引き受けたのと同時に、辺境に左遷されてしまった…………。何とも数奇的な出会いである……。

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