「狼狽」〜第五章〜異界人(イルアネオ)
2004年8月20日 連載「ん?」
何だ……今のは……。犬にしては大き過ぎるな。だけど馬にしては動き方が変だ…。
「どうかしたの………?」
シャルの声に私は苦笑を浮かべた。
「いや……何か今影が屋敷の庭を掠めたから、何だろうと思ってさ。」
ふーんと言った特別興味も無さそうな様子でシャルは部屋を一瞥した。
「造りは中々みたいね……木の温もりがあってイイわ……。」
シャルはそう独り言を呟きながら初めて笑顔を見せた。私が視界に入っていない所為もあるだろうが、何にしても彼女が始めて見せてくれた笑顔だ。こんな嬉しい事は無い……。
「なに……笑ってるの……。」
思わず頬が緩んだ私に視線が行ったらしく、怪訝そうに私を見てシャルは低く言った。
「い、いや……ハハ、君が始めて笑顔を見せてくれたからね。保護者を買って出た私には進展があって嬉しいんだよ。」
「バ…!……バッカじゃないの?!……何で歳も近い貴方なんかに………。」
そうか……彼女は、シャルは21歳なんだっけ。私が23だから……確かに、保護者はあんまりだな……。にしても照れて焦るシャルは正直可愛かった。
「すまない。君は本当は大人だったね。」
「………でも……。」
突然シャルがモジモジとしだした。どうしたんだろうか?
「でも…なんだい?」
「悪い気はしない…わね。コッチの世界じゃどうせ行く場所なんて……無いんだし……。」
何と言うか……彼女の事を私は誤解していた様だ。冷たいんじゃ無くて、本当の心を隠していたんだ。確かにそれは当然と言えば当然だろうな。彼女は自分以外の誰も一切知らない別世界の人間なわけだから……。警戒もするだろうし、何よりもスパイなら私的な感情は邪魔だと教え込まれているハズだ。
「君さえ良ければ、この屋敷は自由に使ってくれて構わないよ。
私も君の保護者ではなく、一友人として手助けするよ。」
「友……達になってくれるの……?」
切なそうにシャルは俯いて、消え入りそうな声で呟いた。
「ああ!私も、ザイバックも君の友達だ。」
シャルの顔がパァーっと明るさを帯びていったのが分かった。
そう……彼女は寂しかったのと不安だったのとで感情を押し殺して振舞っていたに違いない。そう思って一人で納得していると、今まで冷静沈着だったクールなシャルは見る影も無くなっていた。
「ホント!?友達になってくれるんだ♪うわー、嬉しいなぁ!こんな別世界に来て友人が二人も出来るなんて♪」
「あのぉ……シャ……シャル???」
「なぁに?ケイス♪アタシの部屋って自由に空いてるトコ使っちゃっていいよね?」
「あ、ああ……そ、そうだね……自由に使っていいよ…ハハ……。」
何なんだ!?一体……この娘は……あんなに冷たく冷静に私をあしらっていたのに…急にケイス♪だと……。あー頭が痛い……私が記憶を失いたいよ…。ってシャルは記憶喪失じゃ無かったか。
「シャルはホントはそんなに活発なのかい?」
「ええ♪でも、心を許せるって思える人じゃないと冷たい態度をとっちゃうんだ。アッチの世界でも良く言われた!お前って二重人格か?って♪」
……確かに適切な表現かもしれない。あの変わり様は……。
ま、いいか。つまりシャルは私に心を許してくれたわけだし。これで気まずい生活は送らずにすむんだ。
「ね、ケイス……こっちの世界は確か「アウヴァニア」って言うのよね?」
いきなり質問を振られて一瞬うろたえてしまった。いかん、落ち着けケイス……。悪癖の物思いは止めろ……。
「そうだけど……それがどうかしたのかい?」
「ウン……ちょっとね♪」
「そっか……そういえば、シャルの世界は何て言うんだ?」
「【ギエルハイム】。」
「ギエルハイム……!!?まさか、本当かい!?」
私はギエルハイムという言葉にかなりの驚きを覚えた。ギエルハイムはこっちの世界、つまり「アウヴァニア」では伝説に言い伝えられし神々の国として絵本などに書かれていて、アウヴァニアに生きる人間は殆どが知っている有名な名前なのだ。やはりシャルは嘘なんか言っていないのだろう。これでひとつ、証拠と呼ぶにはあまりに稚拙だが、かなりの有力情報を手に入れた事になる。私はすぐさまこの事をシャルに告げた。
「それ……ホントなの!?……そう、やっぱりアウヴァニアは自らゲートを閉じたんだわ……原因はやっぱり【ムーゲルト】かしら…。」
何やらトーンダウンしながらブツブツと何かを言っている。だが私にはどれも聞き覚えの無い単語ばかりで意味はさっぱり不明だった。苦笑いしながらシャルに視線を泳がせていると、突然部屋の一角が大きく歪み、巨大な体躯の男が入ってきた。
「なっ!!!!????」
私はあまりに不可解な出来事に脳が数秒止まってしまった。
「これは……タイムゲート!?まさか……。」
シャルにも明らかに動揺の色が見えるが、私のとは違う動揺だった。そう……知り合いの突然の訪問に驚くみたいに……。
「久し振りだな。シャル……。」
巨漢は歪んだ壁を片手で触り元に戻すと、シャルに懐かしむような声を投げた。
「そうね……【エルバート】……貴方みたいな上級職の人間が何故こんな“現場”に居るの?」
シャルも知っている様だ。【エルバート】……それが巨漢の名らしい。だが、シャルの表情には再会を懐かしむ様な色は微塵も無い。むしろ……皮肉めいた言い方に聞こえる……。
「昔同じ釜の飯を食った仲じゃねえか。今更他人面しなくていいんだぜ。俺はお前と階級は違えど、同じ仲間だと思ってんだからよ……。」
「ふん!……よく言うわよ、【ディル】を裏切ってあんな事しといて今の階級までのし上がっといて。良くそんな口が聞けたわね!!」
シャルの顔に明らかな憤怒の色が見える。……【ディル】??昔の仲間の事か??……裏切った……。なるほど、どうやら【エルバート】は自分の出世に友を利用したんだな。そして利用された友が同時にシャルの友人であったと……。私が憶測していると、エルバートの視線がコチラを向いていた。
「ほぅ……早速サンプルが手に入ったか。中々やるなシャル!」
「違うわ!!その人は!!……友……達………よ。」
「何!?……悪い冗談は止めろよシャル♪こんな下等動物がお前の友達??グァーッハハハハハハ!!!こりゃイイや♪」
な……何だ?“下等動物”?“サンプル”?私の事なのか??
この男は一体……!!まさか……コイツ等はこっちの世界の人間を動物のように扱っているのか??でなければあんな悪辣な言葉は発する事なんてしないはずだ……。クソ!!もうワケが分からない……!シャルはゲートを調べるだけだと言った。だが目の前の巨漢は私を実験動物を見る様な目で嘲っている……。
「シャル…君は……私を最初からこの男に……。」
「ち、違うわ!!ケイス!」
「ハハ、ハーッハハハハハハ!!下等動物とシャルが対等に喋ってやがる♪」
「!!!!」
私の中で何かが弾けた……。この男だけは許さない…人間を一体何だと思っているんだ……コノ男だけは…コノオトコダケハ……ユルサナイ!!!
―っ!!!私の体が見る見るうちに熱くなって来た。燃えそうだ……。マグマの様に中心が熱い……。次の瞬間、私の体は業火を纏い、瞳は緑色に光りを放っていた……。
「お、おい……シャル…コイツ……【レイヴァン】だぞ!!」
モウナニモキコエナイ……コノオトコヲ“ハカイ”スル……。
私の意識はそこで途切れた……。
何だ……今のは……。犬にしては大き過ぎるな。だけど馬にしては動き方が変だ…。
「どうかしたの………?」
シャルの声に私は苦笑を浮かべた。
「いや……何か今影が屋敷の庭を掠めたから、何だろうと思ってさ。」
ふーんと言った特別興味も無さそうな様子でシャルは部屋を一瞥した。
「造りは中々みたいね……木の温もりがあってイイわ……。」
シャルはそう独り言を呟きながら初めて笑顔を見せた。私が視界に入っていない所為もあるだろうが、何にしても彼女が始めて見せてくれた笑顔だ。こんな嬉しい事は無い……。
「なに……笑ってるの……。」
思わず頬が緩んだ私に視線が行ったらしく、怪訝そうに私を見てシャルは低く言った。
「い、いや……ハハ、君が始めて笑顔を見せてくれたからね。保護者を買って出た私には進展があって嬉しいんだよ。」
「バ…!……バッカじゃないの?!……何で歳も近い貴方なんかに………。」
そうか……彼女は、シャルは21歳なんだっけ。私が23だから……確かに、保護者はあんまりだな……。にしても照れて焦るシャルは正直可愛かった。
「すまない。君は本当は大人だったね。」
「………でも……。」
突然シャルがモジモジとしだした。どうしたんだろうか?
「でも…なんだい?」
「悪い気はしない…わね。コッチの世界じゃどうせ行く場所なんて……無いんだし……。」
何と言うか……彼女の事を私は誤解していた様だ。冷たいんじゃ無くて、本当の心を隠していたんだ。確かにそれは当然と言えば当然だろうな。彼女は自分以外の誰も一切知らない別世界の人間なわけだから……。警戒もするだろうし、何よりもスパイなら私的な感情は邪魔だと教え込まれているハズだ。
「君さえ良ければ、この屋敷は自由に使ってくれて構わないよ。
私も君の保護者ではなく、一友人として手助けするよ。」
「友……達になってくれるの……?」
切なそうにシャルは俯いて、消え入りそうな声で呟いた。
「ああ!私も、ザイバックも君の友達だ。」
シャルの顔がパァーっと明るさを帯びていったのが分かった。
そう……彼女は寂しかったのと不安だったのとで感情を押し殺して振舞っていたに違いない。そう思って一人で納得していると、今まで冷静沈着だったクールなシャルは見る影も無くなっていた。
「ホント!?友達になってくれるんだ♪うわー、嬉しいなぁ!こんな別世界に来て友人が二人も出来るなんて♪」
「あのぉ……シャ……シャル???」
「なぁに?ケイス♪アタシの部屋って自由に空いてるトコ使っちゃっていいよね?」
「あ、ああ……そ、そうだね……自由に使っていいよ…ハハ……。」
何なんだ!?一体……この娘は……あんなに冷たく冷静に私をあしらっていたのに…急にケイス♪だと……。あー頭が痛い……私が記憶を失いたいよ…。ってシャルは記憶喪失じゃ無かったか。
「シャルはホントはそんなに活発なのかい?」
「ええ♪でも、心を許せるって思える人じゃないと冷たい態度をとっちゃうんだ。アッチの世界でも良く言われた!お前って二重人格か?って♪」
……確かに適切な表現かもしれない。あの変わり様は……。
ま、いいか。つまりシャルは私に心を許してくれたわけだし。これで気まずい生活は送らずにすむんだ。
「ね、ケイス……こっちの世界は確か「アウヴァニア」って言うのよね?」
いきなり質問を振られて一瞬うろたえてしまった。いかん、落ち着けケイス……。悪癖の物思いは止めろ……。
「そうだけど……それがどうかしたのかい?」
「ウン……ちょっとね♪」
「そっか……そういえば、シャルの世界は何て言うんだ?」
「【ギエルハイム】。」
「ギエルハイム……!!?まさか、本当かい!?」
私はギエルハイムという言葉にかなりの驚きを覚えた。ギエルハイムはこっちの世界、つまり「アウヴァニア」では伝説に言い伝えられし神々の国として絵本などに書かれていて、アウヴァニアに生きる人間は殆どが知っている有名な名前なのだ。やはりシャルは嘘なんか言っていないのだろう。これでひとつ、証拠と呼ぶにはあまりに稚拙だが、かなりの有力情報を手に入れた事になる。私はすぐさまこの事をシャルに告げた。
「それ……ホントなの!?……そう、やっぱりアウヴァニアは自らゲートを閉じたんだわ……原因はやっぱり【ムーゲルト】かしら…。」
何やらトーンダウンしながらブツブツと何かを言っている。だが私にはどれも聞き覚えの無い単語ばかりで意味はさっぱり不明だった。苦笑いしながらシャルに視線を泳がせていると、突然部屋の一角が大きく歪み、巨大な体躯の男が入ってきた。
「なっ!!!!????」
私はあまりに不可解な出来事に脳が数秒止まってしまった。
「これは……タイムゲート!?まさか……。」
シャルにも明らかに動揺の色が見えるが、私のとは違う動揺だった。そう……知り合いの突然の訪問に驚くみたいに……。
「久し振りだな。シャル……。」
巨漢は歪んだ壁を片手で触り元に戻すと、シャルに懐かしむような声を投げた。
「そうね……【エルバート】……貴方みたいな上級職の人間が何故こんな“現場”に居るの?」
シャルも知っている様だ。【エルバート】……それが巨漢の名らしい。だが、シャルの表情には再会を懐かしむ様な色は微塵も無い。むしろ……皮肉めいた言い方に聞こえる……。
「昔同じ釜の飯を食った仲じゃねえか。今更他人面しなくていいんだぜ。俺はお前と階級は違えど、同じ仲間だと思ってんだからよ……。」
「ふん!……よく言うわよ、【ディル】を裏切ってあんな事しといて今の階級までのし上がっといて。良くそんな口が聞けたわね!!」
シャルの顔に明らかな憤怒の色が見える。……【ディル】??昔の仲間の事か??……裏切った……。なるほど、どうやら【エルバート】は自分の出世に友を利用したんだな。そして利用された友が同時にシャルの友人であったと……。私が憶測していると、エルバートの視線がコチラを向いていた。
「ほぅ……早速サンプルが手に入ったか。中々やるなシャル!」
「違うわ!!その人は!!……友……達………よ。」
「何!?……悪い冗談は止めろよシャル♪こんな下等動物がお前の友達??グァーッハハハハハハ!!!こりゃイイや♪」
な……何だ?“下等動物”?“サンプル”?私の事なのか??
この男は一体……!!まさか……コイツ等はこっちの世界の人間を動物のように扱っているのか??でなければあんな悪辣な言葉は発する事なんてしないはずだ……。クソ!!もうワケが分からない……!シャルはゲートを調べるだけだと言った。だが目の前の巨漢は私を実験動物を見る様な目で嘲っている……。
「シャル…君は……私を最初からこの男に……。」
「ち、違うわ!!ケイス!」
「ハハ、ハーッハハハハハハ!!下等動物とシャルが対等に喋ってやがる♪」
「!!!!」
私の中で何かが弾けた……。この男だけは許さない…人間を一体何だと思っているんだ……コノ男だけは…コノオトコダケハ……ユルサナイ!!!
―っ!!!私の体が見る見るうちに熱くなって来た。燃えそうだ……。マグマの様に中心が熱い……。次の瞬間、私の体は業火を纏い、瞳は緑色に光りを放っていた……。
「お、おい……シャル…コイツ……【レイヴァン】だぞ!!」
モウナニモキコエナイ……コノオトコヲ“ハカイ”スル……。
私の意識はそこで途切れた……。
コメント