「狼狽」〜第七章〜余韻
2004年8月25日 連載あれから一週間が過ぎた。私もシャルも漸く心を落ち着け、今までの様に平静に会話できるまでに精神的にも回復した。レイヴァンもあれから一度も覚醒することは無い……。私はレイヴァンを受け入れてしまった。その所為でエルバートは……。ブンブンと頭を振ると私は胸の苦しさを払った。
「ふぅ……気を紛らわせないと……そうだ。書類の山に目を通しておくか……。」
私は机の上に山積みになっている書類に軽く目を通し、余程の重要書類でないものにはサインをしていった。
「ケイス。入ってもいい?」
不意にドアの向こうからシャルの声が聞こえた。私は書類へサインをしながら素っ気無く応えた。
「ああ、どうぞ。」
「失礼します……。お仕事中…だったみたいだね…。」
何やら気まずそうに話し掛けてくるシャル。まぁ、無理も無いか……俺は、例えレイヴァンの意思が強かったにしても、エルバートを、シャルの仲間を殺めてしまった事に変わりは無いんだ。
それも、骨すら残らない塵にして……。私が一人で居た堪れない罪悪感に胸を詰まらせていると、それを察したのかシャルが笑顔で私に声を掛けた。
「ケイスは、気にしなくていいよ。………あれはレイヴァンがやったことなんだから……。それに、私ね、エルバートとはそんなに仲、良くなかったから……。逆に、軽蔑してたくらいだから……。私……ケイスが侮辱された時は本当に悔しかったし、エルバートが憎かった。私の友達に、下等動物なんて………。」
シャルの瞳に憎しみの色が浮かんだ。
「こんな…事、言うのは間違ってると思うんだけど……私、正直、レイヴァンに感謝してる……。」
「え?!」
私は思わず席を立った。シャルの言っている意味が一瞬飲み込めなかった。でも、彼女はエルバートが私に斬られている時、確かに悲鳴を上げたはず……いや、よそう。こんな事は忘れた方が良いんだ………。私は深呼吸をすると、席に着いた。
「止めよう、こんな話は…。過ぎた事を言っててもしょうがないよ。それよりも、今は先を考えなきゃ。」
「そう……だね。」
シャルの顔に再び笑顔が戻った。そう、それでいいんだ。私がエルバートを殺した事は紛れも無い事実だが、それに何時までも固執して自分を叱咤していても何の解決にもならない。私が、レイヴァンを制御する事が、二度と同じ様な過ちを繰り返さない事が、せめてもの罪償いになる……そう勝手に解釈してから、私はシャルに笑顔で応えた。
「さて、ザイバックが戻るまでには少なくともあと三日は掛かる。どうするかな?」
カルナムールから王都までは2000kmもの道のりがある。【高速艇】を使っても四日は掛かる。王に報告する手間隙を考慮すれば、まぁ往復で10日は掛かるな……。
「……イス!……ケイス!」
シャルの声にハッと物思いに耽っていた意識が戻ってくる。どうやら何度も呼ばれていたらしい。顔には明らかに不服そうな表情が浮かんでいる。
「あ、ああ……何だい?」
「何だい?じゃないよ!誰かお客さんが見えてるよ。」
ん?お客?……今日は別段、約束はしていないはず……私は怪訝に思いながら、扉の前に佇む人を見遣った。
「久し振りだね!ケイス!」
はて……?扉の前には、透き通る様な白い肌に艶やかに光沢を放つ漆黒の長髪。紅いルージュが引いてある唇は何とも色っぽく、顔もスタイルも抜群に良い……。私はこんな女性と知り合いだったかな?……記憶を辿ってみるも全く覚えが無い……。
「あのぉ……どちらさまで……?」
恐る恐る聞くと、その女性はプーっと頬をふくらませ、まるで子供の様に拗ねた。
「酷いなぁ……ボクの事、忘れたの?……。」
ん?ボク?……彼女の一人称にふと、懐かしさが蘇った。確か、子供の頃……。
「ま、まさか!!【エレンブラ】?!」
思い出した!!幼少時代に、仲が良かった男の子がいたんだ!自分の事をボクと呼んで、怒ると頬を膨らませて……ってあれ?エレンブラは男のハズ……。
「どうしたのさ?ケイス。随分ビックリしてるね。」
「い、いや、だって……何て格好してるんだ?!エレンブラ。」
「あ、ああ……これね。エヘ……自分でも恥ずかしいんだ。今まで男の子みたいに振舞ってたから、こういう女の格好なんてあんまししたこと無くて……。」
「へ?エレンブラって女だったのかい?……。」
何とも情けなく上擦った声で私は放心気味に言った。
「えー?!今まで気付かなかったの?ボク、ショックだな…。昔約束したじゃないか!ボクは君の許婚になるって……。」
顔が上気したエレンブラはモジモジと体を捩ってコチラを見ている。
「そ、それは……冗談かなにかだと………。」
「ヒッドーーーイ!ボクは本気だったんだよ?!」
またプーッと頬を膨らませてエレンブラは怒った。この顔だけは昔懐かしい顔だった。にしても、まさかエレンブラが女性だったとは……確かに綺麗な顔だとは思っていたけど……許婚…か……!!!!い、許婚??!
「まさか、エレンブラ……君が来た目的って言うのは……。」
「そうだよ!ボクはケイスの妻になるんだから、一緒に居たいの!」
「お、おいおい……いきなりそんな事言われても……今まで友達だと思ってたから……。」
「うぅ〜ん!ケイスのイジワル〜!」
モジモジと体をくねらせて潤んだ瞳で哀願するようにコチラを見ているエレンブラに思わずドキっとしてしまった。……色っぽいな……エレンブラの胸元を見れば二つの大きな膨らみがある。やっぱり、エレンブラは女性なんだな……。漸く納得出来た私はドッと襲ってきた疲れに溜息を吐いた。
「分かったよ……エレンブラ。部屋は空いてる所を自由に使っていいから。」
「いやだ!!ボクはケイスのお嫁さんになるんだから、一緒の部屋がいい!」
「な!!?そんな……。」
思わず私は赤面してしまった。……いくら友達だったとはいえ、こんな綺麗で艶かしいエレンブラと一緒に寝たら……。私は妄想を必死に掻き消すと、平静を装って見せた。
「で、でも……。」
「いやだ!ボクは絶対ケイスと一緒に寝るんだ!!」
「あ、あの、それじゃ私…部屋に戻るね……。」
気まずそうに退席するシャルの後姿に助けを求めながらも、それを一向に気にする気配も無くエレンブラはそのたわわな胸を私の腕に摺り寄せて甘えてきた。
「ねえ、ケイス……。ちょっと散歩しようよ。ボク、ケイスとお話がしたいな。」
ニコッと微笑んだエレンブラはとても可愛らしくて、私は断りきれなかった。………コイツは本当に私の友だった人間なのか?……って私が勝手に男と勘違いしてただけなんだろうが……。はぁ、と大きく溜息を吐くと、私はエレンブラに腕を組まれて散歩へと連れて行かれた。迷惑な気もするが、何だかエレンブラを見ると、心が落ち着いた。あの事も忘れられた。それに、彼女は私を好いてくれている。多少強引な気もするが悪い気分ではない。そう自分を納得させて、私は沈み行く夕陽に微笑掛けていた………。
「ふぅ……気を紛らわせないと……そうだ。書類の山に目を通しておくか……。」
私は机の上に山積みになっている書類に軽く目を通し、余程の重要書類でないものにはサインをしていった。
「ケイス。入ってもいい?」
不意にドアの向こうからシャルの声が聞こえた。私は書類へサインをしながら素っ気無く応えた。
「ああ、どうぞ。」
「失礼します……。お仕事中…だったみたいだね…。」
何やら気まずそうに話し掛けてくるシャル。まぁ、無理も無いか……俺は、例えレイヴァンの意思が強かったにしても、エルバートを、シャルの仲間を殺めてしまった事に変わりは無いんだ。
それも、骨すら残らない塵にして……。私が一人で居た堪れない罪悪感に胸を詰まらせていると、それを察したのかシャルが笑顔で私に声を掛けた。
「ケイスは、気にしなくていいよ。………あれはレイヴァンがやったことなんだから……。それに、私ね、エルバートとはそんなに仲、良くなかったから……。逆に、軽蔑してたくらいだから……。私……ケイスが侮辱された時は本当に悔しかったし、エルバートが憎かった。私の友達に、下等動物なんて………。」
シャルの瞳に憎しみの色が浮かんだ。
「こんな…事、言うのは間違ってると思うんだけど……私、正直、レイヴァンに感謝してる……。」
「え?!」
私は思わず席を立った。シャルの言っている意味が一瞬飲み込めなかった。でも、彼女はエルバートが私に斬られている時、確かに悲鳴を上げたはず……いや、よそう。こんな事は忘れた方が良いんだ………。私は深呼吸をすると、席に着いた。
「止めよう、こんな話は…。過ぎた事を言っててもしょうがないよ。それよりも、今は先を考えなきゃ。」
「そう……だね。」
シャルの顔に再び笑顔が戻った。そう、それでいいんだ。私がエルバートを殺した事は紛れも無い事実だが、それに何時までも固執して自分を叱咤していても何の解決にもならない。私が、レイヴァンを制御する事が、二度と同じ様な過ちを繰り返さない事が、せめてもの罪償いになる……そう勝手に解釈してから、私はシャルに笑顔で応えた。
「さて、ザイバックが戻るまでには少なくともあと三日は掛かる。どうするかな?」
カルナムールから王都までは2000kmもの道のりがある。【高速艇】を使っても四日は掛かる。王に報告する手間隙を考慮すれば、まぁ往復で10日は掛かるな……。
「……イス!……ケイス!」
シャルの声にハッと物思いに耽っていた意識が戻ってくる。どうやら何度も呼ばれていたらしい。顔には明らかに不服そうな表情が浮かんでいる。
「あ、ああ……何だい?」
「何だい?じゃないよ!誰かお客さんが見えてるよ。」
ん?お客?……今日は別段、約束はしていないはず……私は怪訝に思いながら、扉の前に佇む人を見遣った。
「久し振りだね!ケイス!」
はて……?扉の前には、透き通る様な白い肌に艶やかに光沢を放つ漆黒の長髪。紅いルージュが引いてある唇は何とも色っぽく、顔もスタイルも抜群に良い……。私はこんな女性と知り合いだったかな?……記憶を辿ってみるも全く覚えが無い……。
「あのぉ……どちらさまで……?」
恐る恐る聞くと、その女性はプーっと頬をふくらませ、まるで子供の様に拗ねた。
「酷いなぁ……ボクの事、忘れたの?……。」
ん?ボク?……彼女の一人称にふと、懐かしさが蘇った。確か、子供の頃……。
「ま、まさか!!【エレンブラ】?!」
思い出した!!幼少時代に、仲が良かった男の子がいたんだ!自分の事をボクと呼んで、怒ると頬を膨らませて……ってあれ?エレンブラは男のハズ……。
「どうしたのさ?ケイス。随分ビックリしてるね。」
「い、いや、だって……何て格好してるんだ?!エレンブラ。」
「あ、ああ……これね。エヘ……自分でも恥ずかしいんだ。今まで男の子みたいに振舞ってたから、こういう女の格好なんてあんまししたこと無くて……。」
「へ?エレンブラって女だったのかい?……。」
何とも情けなく上擦った声で私は放心気味に言った。
「えー?!今まで気付かなかったの?ボク、ショックだな…。昔約束したじゃないか!ボクは君の許婚になるって……。」
顔が上気したエレンブラはモジモジと体を捩ってコチラを見ている。
「そ、それは……冗談かなにかだと………。」
「ヒッドーーーイ!ボクは本気だったんだよ?!」
またプーッと頬を膨らませてエレンブラは怒った。この顔だけは昔懐かしい顔だった。にしても、まさかエレンブラが女性だったとは……確かに綺麗な顔だとは思っていたけど……許婚…か……!!!!い、許婚??!
「まさか、エレンブラ……君が来た目的って言うのは……。」
「そうだよ!ボクはケイスの妻になるんだから、一緒に居たいの!」
「お、おいおい……いきなりそんな事言われても……今まで友達だと思ってたから……。」
「うぅ〜ん!ケイスのイジワル〜!」
モジモジと体をくねらせて潤んだ瞳で哀願するようにコチラを見ているエレンブラに思わずドキっとしてしまった。……色っぽいな……エレンブラの胸元を見れば二つの大きな膨らみがある。やっぱり、エレンブラは女性なんだな……。漸く納得出来た私はドッと襲ってきた疲れに溜息を吐いた。
「分かったよ……エレンブラ。部屋は空いてる所を自由に使っていいから。」
「いやだ!!ボクはケイスのお嫁さんになるんだから、一緒の部屋がいい!」
「な!!?そんな……。」
思わず私は赤面してしまった。……いくら友達だったとはいえ、こんな綺麗で艶かしいエレンブラと一緒に寝たら……。私は妄想を必死に掻き消すと、平静を装って見せた。
「で、でも……。」
「いやだ!ボクは絶対ケイスと一緒に寝るんだ!!」
「あ、あの、それじゃ私…部屋に戻るね……。」
気まずそうに退席するシャルの後姿に助けを求めながらも、それを一向に気にする気配も無くエレンブラはそのたわわな胸を私の腕に摺り寄せて甘えてきた。
「ねえ、ケイス……。ちょっと散歩しようよ。ボク、ケイスとお話がしたいな。」
ニコッと微笑んだエレンブラはとても可愛らしくて、私は断りきれなかった。………コイツは本当に私の友だった人間なのか?……って私が勝手に男と勘違いしてただけなんだろうが……。はぁ、と大きく溜息を吐くと、私はエレンブラに腕を組まれて散歩へと連れて行かれた。迷惑な気もするが、何だかエレンブラを見ると、心が落ち着いた。あの事も忘れられた。それに、彼女は私を好いてくれている。多少強引な気もするが悪い気分ではない。そう自分を納得させて、私は沈み行く夕陽に微笑掛けていた………。
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