足取りも軽くリビングに向かう私の耳に、何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「ハハ、もう盛り上がってるみたいだな。」

私は自分でも気付かぬうちに早足になっていた。逸る鼓動を抑えて平静な顔をして扉をゆっくりと開いた。……あれ?

「お!遅かったじゃねえか!料理は粗方並べたぜ!」

「うんうん♪流石ボクの旦那さんだ!カッコいいよ♪」

「ケイス、早く、お料理冷めちゃうよ。」

ザイバックにエレンブラ……そしてシャル……。うん、確かに居るな……というか、もう一人程増えているのは気のせいだろうか?……私は暫し呆然と立ち尽くすと、目を凝らしてもう一度リビングに居る人間の数を数えた。

「ん?どうした?ケイス……。」

ザイバック……。

「ほら!早くボクの横に来てよ!」

エレンブラ……。

「乾杯、しようよ。」

シャル……。

「ほほう…これはまた何とも豪勢な……。」

…………誰?

「うわーーー!!」

「ど、どうした?ケイス!」

「いや、ザイバック、そこの人は誰だ!?何でみんな平然としてるんだ?!」

「あ、ああ…そういや紹介してねえな。」

「これは、お初にお目に掛かります。拙者、【ケイナス】と申す者、剣士の端くれでございます。」

……ケイナス?……知り合いでは無いな…。私は未だ混乱している頭を抱えてソファに腰掛けた。すると、ケイナスは私を見て、感心した様に頷いた。

「うむ、やはりこの方、類稀なる素質をお持ちだ。」

ん?何の素質だろうか?私に見出される素質……掃除、洗濯、料理かな?……と、まだケイナスがここに居る理由が明らかになっていないじゃないか。

「あの……ケイナスさん?何故、私の屋敷に?」

なるべく丁寧な口調で尋ねると、何故かエレンブラが私に近付いて来た。

「それはね、ボクとシャルさんで買い物をしてたら、道端に倒れてたんだ。だから慌てて駆け寄ったらお腹が空いてたみたいで、ご飯を奢ったら、着いて来ちゃった♪」

着いて来ちゃったって……。はぁ……どうして私の周りにはこう、不自然な出会いが多いんだろう……。

「いや、恥ずかしい限り。エレンブラ殿、シャル殿、拙者、義によってこの恩は返しますぞ。」

「そんな、ボク達が勝手にやった事だから気にしなくていいって。」

「そ、そうですよ。私達は気にしてませんから。」

「そう言って頂けるとありがたい!」

「あの、ケイナスさん。見た所、この辺りでは見ない格好ですね。失礼ですがご出身は?」

ケイナスは私の質問に多少困惑の表情を浮かべた。聞いてはいけなかったかな?……。

「拙者、王都より4000km離れた大辺境【トウコク】から参りました。それが、何か?」

よ、4000km??!私の居るカルナムールから更に2000kmも離れた所から来たのか……。

「ふぅん…トウコクかぁ……ってことはケイナス、お前は“刀”が扱えるな?」

ザイバックが何やらニヤついて聞くと、ケイナスはニコッと微笑を返して応えた。

「ええ!拙者は幼少より“刀”ばかりを訓練していた故に、今では体の一部のようなものです。」

「刀??」

「何だ?ケイス、知らねえのか……。」

ザイバックの説明によれば、【刀】、それは剣の種類の一つで、切れ味は全ての剣の上をいくらしい。何でも銃弾や鉄の甲冑をも寸断するというのだ。武人ならば誰もが憧れる代物だが、扱うにはかなりの訓練が必要で、また値段もかなり張るという……。
刀は主に【トウコク】で鋳造され、またトウコクには【ガンテス】という伝説の刀鍛冶が居るらしく、【ガンテス】の打つ刀は城が丸ごと買えるほどの値打ちがあるというのだ。私は新しい知識が増えているのを楽しく思いながら話に聞き入っていた。武人では無い事もあって、武器や戦に関する知識を生憎持ち合わせていない。自分でも無意識のうちに顔が綻んでいた。と、そんな私の顔に気付いたのか。ケイナスが話を掛けてきた。

「どうですかな?刀に随分と興味がお有りのようですが。」

「え?あ、ああ…はい。私は見ての通り、武人とはかけ離れているので、武器の知識は持ち合わせていないんですよ。ですから、聞いていて知識として蓄えられると思うと、楽しいです。」

「そうですか。それは良かった。……しかし、ケイス殿、貴公をお見受けする限りでは、刀を扱う素質があるように思いますな。」

「え?私がですか?ハハハハ、ご冗談を。普通の剣すら扱えぬ私が、扱うまでに何年も掛かる刀を扱うなど……それに、私は体を鍛えてはおりませんし……。」

「いや、そんな事無いぜ。ケイス……刀ってのはそうだな……言い換えれば、馬だ。」

「う、馬?」

何を言い出すんだ?まだ酒も酌み交わしていない、それどころかパーティーすら始まっていないっていうのに……。

「そう、馬だ。馬ってのは、どんなに訓練したからって、必ず全ての馬を乗りこなせるとは限らねえ。相性ってモンがある。それと同じで、剣ってのも相性があんだよ。相性が良けりゃ、訓練なんて殆ど必要ねえんだよ。……それに、刀を体の一部の様に扱えるケイナスが言ってんだ。間違いねえな。」

うんうんと深く頷くとザイバックは私にキラキラと光る眼差しを送って来た。……どうやら、一緒にケイナスと私を指導したいと見える……。はぁ、どうするべきか……悩む私の脳裏にふと、レイヴァンの姿が浮かんできた。……そうだ、アイツを制御するには、私に力がいる…無力だったから、私があまりにも無力だったからエルバートは……。そうだ、迷ってなんて居られない。それに、私はシャルの事も守りたい。私は自然に迷いが消えていた。いや、選択肢など無かったのだ。

「分かったよ。刀の訓練、よろしく頼むよ。ザイバック、ケイナス。」

「え?拙者もですか?」

「何言ってんだよ!俺達はもう仲間だ。それに、お前がケイスを見込んだんだ。キッチリとお前の技術を伝授しろよ!俺は刀なんて扱えねえんだし。」

「じゃ、何でザイバックも私の訓練に付き合うんだ?」

「決まってんだろ!体力づくりと基礎的な戦術を叩き込むんだよ!王国騎士団の将軍としてな!」

「は、はあ。」

「ちょっと!さっきから勝手に盛り上がってるみたいだけど、ボクのケイスに何かあったらザイバックやケイナスと言えども承知しないからね!!」

エレンブラが物凄い形相でザイバックとケイナスを一瞥した。二人はその視線にたじろぐと、イソイソとグラスを取って黙ってしまった。……何とも賑やかになって来たな。ケイナスとは知り合ったばかりだけど、大体の事はザイバックやエレンブラが話してくれたみたいだし、まぁ悪い人には見えないからいいか。

「さて、長話もなんだから、パーティーを始めよう!エレンブラ、シャル、そしてケイナスの歓迎を祝して!」

「せ、拙者もよろしいのですか?」

「ああ、これから訓練でお世話になるしね。」

「か、かたじけない!」

「そんなに堅くなんなって!うっし!それじゃ、乾杯といこうぜ!!」

ザイバックの音頭に合わせて、私達はワインが注がれたグラスを持ち、高々と乾杯を交わした。

「乾杯!!」

………こうして、楽しい夜は更けていった。……ケイナス…か。……不思議な雰囲気を持った男だなぁ……礼儀正しいし……ま、いいかな。友は多いに越した事は無い。そう納得すると、私はエレンブラの隣で深い眠りに就いた…………。

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