三日月が紅く不気味に衒い、街は静寂と混沌に包まれた。

青年はビルの屋上にスックと立ち、眼下に広がる鬱蒼とした人間の群れに一瞥を下すと、踵を返して背後の気配に睨みを利かせた。

「俺の“コレ”が狙いなんだろ?」

青年は背中に挿してある刀を鞘から引き抜くと、キラリと紅く不気味な月明かりに刃を向けた。

「そうだ。大人しく【十六夜の剣】を渡せ。俺は無駄な犠牲を出したくない……。」

気配はカツカツと小気味良い靴音を鳴らし、月明かりの下に身を晒した。黒いスーツに身を包んだ三十路程の男が一人。手には拳銃が握られていた。男は野卑な笑いを浮かべると、拳銃を突き出し、青年に諭すように言葉を投げた。

「君も分かるだろう?いくら刀身が長くとも、この距離での抵抗は、自殺行為だよ。さぁ、大人しく渡すんだ。」

男の声に青年はニヤッと不気味な笑みを零した。まるで、今の状況を楽しんでいるかの様に……。

「分かっていないのはアンタだよ。俺に猶予を与えたんだから。」

「ふん、何を言って……。」

男が嘲笑するよりも速く、青年の姿は消えていた。

「??ど、どこだ!?」

男は慌てて辺りを見回した。手が震え、その身は恐怖に彩られていた。眼前で青年が一瞬にして消えた……手品かはたまたSFの世界の様な非現実を現実として目の当たりにした驚愕と狼狽は察するに余りあった。

「ここだよ。ホラ。」

男はバッと声の方に身を向けると、少し落ち着きを取り戻したらしく、再び拳銃を突きつけた。

「おいおい、おふざけも大概にしないとな……。コッチもあんまし気は長くねえんだよ、ボウヤ。」

拳銃のトリガーに手を掛けると、男はある異変に気付いた。目の前にあるハズの拳銃が無い……。いや、肘から先が無い……。
男は何が起きたのかも分からずに目線を落とすと、そこには拳銃のトリガーに手を掛けた状態で転がっている肘から先があった。

「あらら、あんまし動かない方がいいよ。アンタもう斬り刻まれてんだから……。」

「え?お、俺の腕が……ヒィーーーーーーーー!!!!」

男はあられもない大声で悲鳴を上げた。苦痛と恐怖に顔を歪め、青年の凶気に満ちた笑顔に思わず逃げ出してしまった。

「う、うわーーー!!!コイツ、バケモノだーーー!!」

「あ〜あ、動いちゃったか。残念……。」

逃げ出した男の体は、男が一歩一歩進む度に、在るべき位置からずれて行った。男は悲鳴と断末魔を上げ、間も無くして、肉塊と化した……。切断面からはジワジワと紅い血が染み出し、まるで今宵の月明かりの様だった。

「今宵の十六夜夜業は終了っと。さてと、帰宅するか。」

青年は刀を鞘に戻すと、ビル群の中をまるで忍者の様に飛び継いで行った………。

ジリリリリリリ……うるさい目覚ましの音で、青年は起きた。

「ふ、ふあぁぁぁ。ん〜最悪な目覚めだな。」

青年は寝ぼけ眼のまま洗面台に立ち、洗顔、うがいを終える頃にはすっかり目が覚めていた。

「あら、誄くん、おはよう。」

不意に誄の背後から優しく甘い声が聞こえて来た。

「ああ、おはよう!庵樹さん。」

庵樹と呼ばれた、日本人形の様に清純で綺麗な女性は、姓を群雲と言い、誄が神楽家から移って来た時から実の弟の様に誄を可愛がっている人である。そもそも、誄の実家である神楽と、庵樹の群雲は、先祖代々の繋がりがある分家筋の様なもので、誄の父で、誄の幼少期に【十六夜の剣】を残して他界してしまった【神楽 修也】の意思により、誄は群雲家で6歳から育てられたのであった。

「今日はお休みなのに、どこかお出掛け?」

「ん?あ、ああ。ちょっとね……鈴音の奴が買い物に付き合えってうるさいから…。」

庵樹には、誄と同い年の妹、群雲 鈴音(むらくも すずね)がいた。庵樹が大人しく優しいのに対し、鈴音は明朗快活で破天荒な性格だと誄は常々愚痴っていた。

「あら、鈴ったら……誄くんを使いっぱしりにして……。」

ぷうっと頬を膨らませて庵樹は怒った。ぷんぷんと言う擬音が良く似合うその怒り方に、誄は少なからず可愛さを感じていた。

「誄ーーーー!起きたぁ?」

鈴音の声が不意に響いた。誄は素っ気無く返事をすると、庵樹の肩を押しながら食卓までイソイソと歩いていった。庵樹は食卓に着くと、テキパキと朝食の用意を始めた。時刻は8時を少し回っていた…。我ながら今日は早起きだなと誄は一人、満足感に浸りながら朝のニュースに目を遣った。

「今朝、入ったニュースです!都内の某ビルの屋上で、肉塊となった男性が、職員に発見されました。切断面がとても綺麗で、警察も、非現実的な死に方に、未曾有の恐怖を募らせている模様です。」

「ふ〜ん、怖い話だな。庵樹さんも気を付けないとね。」

「本当ね。あまり夜遅くは出歩かない様にしなくちゃ。」

「そんなの、私の【七星】の力でやっつけちゃうんだから。」

何時の間に席に着いたのか、鈴音が首にぶら下がった玉のネックレスを掴んで得意げに胸を張っていた。

「止めとけよ。こういう事件には関わらないに越した事は無いぜ…。」

誄は呆れ顔で鈴音を諭す様に言った。鈴音は不満げにムスッと顔をしかめると、手をヒラヒラさせて言った。

「誄だって、【十六夜の剣】があるでしょ?」

「あのなぁ、確かに俺は免許皆伝だ。でも、無駄に身を危険に晒せるかっつうの!大体、犯人の手口を聞いたか?切断面が綺麗なんだぜ?!普通の刃物じゃ絶対無理なんだぞ。」

身をブルブルと震わせて誄は鈴音を見た。その顔には余計な事は絶対するなと言わんばかりに真に迫っている。

「わ、分かったわよ。ほっとけばいいんでしょ?」

「そう言う事!」

納得がいったのか誄はウンウンと頷くと、朝食を取り始めた。鈴音はまだ納得がいかない様子で、何度も何か言いたげに誄を見遣った。一方、誄はそんな鈴音などお構いなしと言った様に、芸能ニュースに目を奪われていた。

「鈴…。早く食べないと、今日は誄くんと買い物なんでしょ?」

庵樹の言葉にハッと思い出したように鈴音は朝食を大急ぎで済ませると、自室に足早に駆けて行った。

「ん?鈴音の奴……どうしたんだろ?」

「ウフフ、鈴も女の子なのよ……。」

「????」

誄は庵樹の言葉の意味を模索しながら、再び芸能ニュースに視線を遣った。すると思考回路は直ぐに模索を止めて、学校での芸能ネタ集めに没頭してしまった。

「お待たせ!さ、誄。そろそろ行くよ!」

あれから30分程経ち、朝食を済ませゆっくりと寛ぐ誄と庵樹の前に、見たことも無い格好で鈴音が現れた。

「お、おい!何だよそのミニスカートは……。お前、今までずっとジーパンとかだっただろ?」

誄の慌てた様子にニヤっと含み笑いを浮かべた鈴音を庵樹が愛おしそうに見つめて来た。

「ああ、可愛い!!鈴、スッゴク可愛いわよ。お姉ちゃん、食べちゃいそう……。」

「エヘ、そうか、な?」

照れる鈴音を見て、庵樹は益々興奮したのか、隣りに居た誄の肩をバンバンと勢い良く叩いて萌えている。

「いや〜ん!可愛い〜!」

「痛い、痛いって!!お、おい鈴音、さっさと買い物に行こうぜ!!このままじゃ庵樹さんに撲殺される……。」

誄は庵樹から逃げるようにして鈴音を引っ張り、一目散に飛び出した。

「あ〜、死ぬかと思った。」

「さ!今日はとことん行くわよ!!」

「お手柔らかに………。」

こうして二人は買い物へと出掛けた。その背後に迫る人影に気付かずに…。

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