レム達は、屋敷に向けての帰路を歩いていた。

「さてと、どう説明すればいいものか……。」

レムは一抹の不安を掻き消せずにいた……エレンブラはケイスの秘密、否、レイヴァンの存在すら知らない……というよりも知らされていなかった。己が変わり果てた姿を視線に焼き付けたとき、彼女が取る態度がレムに不安を駆り立てた。

「あんまし深く考えんなよ。きっとエレンブラだって分かってくれるって!」

「そうですよ!ケイ…いや、レム殿が気に病む程の事は起こりませぬ。」

ザイバックとケイナスはアッケラカンと言葉を投げた。まるで、レムが抱える不安など、単なる杞憂に過ぎないと言った様なその態度に、レムは多少の不安を取り去ることが出来た。

「そうだな、俺の婚約者なんだ……信じてやらなくては。」

「そ!そういうこった!」

ザイバックがニヒヒとレムに野卑な笑いを送ると、レムは不思議と心に巣食う黒い不安が晴れていく様だった。長年付き合いがある中で、レムは初めてザイバックの笑いに救われたような気がした。暫く談笑を交わしながら更に歩みを進めること20分…。
屋敷が見えて来た。

「お!到着だ♪おーーーいっ!!帰ったぜーー!!」

ザイバックは大手を振り、天をも貫きそうな鷹揚とした声で叫んだ。その声に応える様にシャルとエレンブラが明るい顔色を浮かべてレム達の元へやってきた。

「おっかえり〜♪で、どうだったの?ケイスは優勝した?」

「どうだったの?」

二人は無垢な笑顔で待ち遠しそうにザイバックに詰め寄った。ザイバックはたじろぎながら、チラチラとレムとケイナスに視線を送った。が、二人はそれに全く気が付いていない様子で、なにやら話し込んでいた。

「チキショー……シカトか…。」

「ね、ね!」

「早く!!」

ザイバックは諦めた様に大きく溜息を吐くと、後退りを止めて、近づく二人を両手で静止させた。

「わーったよ。結果は…準優勝だ……。」

「う〜ん、惜しかったねぇ……でも、いいじゃん♪流石、ボクの許婚♪」

「ケイスってそんなに強くなったのね。凄いわ……。」

「で、でも……なぁ……。」

ザイバックの声が不意に萎んでしまった。レムの事を話すのが心苦しいのか、頭をボリボリと荒く掻きながら困惑している。

「でも……何?…もしかして!!ケイスに何かあったの?!」

「ま、まぁ……あったといえばあった事になる……かな…。」

「何があったの?!大怪我とかしてないよね!?」

突然に切迫した様にエレンブラがザイバックに詰め寄った。シャルも突っかかるまではいかないが、表情には明らかな不安が見て取れた。

「い、いや!怪我とか、そんなんじゃねえんだ……。つまり、その……何て言うか……。」

「ああもう!!ハッキリしてよ!!……ところで、ケイスはどこ?!」

「いや……それが……その……。」

「何なのさ!!」

ザイバックの思考回路は既に一杯一杯だったらしく、言葉も途切れ途切れになっていた。エレンブラはその態度にイライラを募らせ、ケイスを必死に探している……。目の前に居るレムがケイスであるとも知らずに彼女は懸命にケイスの姿を探している……。
ふと、レムの視界にザイバックのアイコンタクトが飛び込んできた……限界を指しているその表情にレムはフッと笑みを返し、エレンブラに近づいて行った。

「ちょ、誰?ボクはケイスに会いたいんだ!」

「エレンブラ……俺だ…いや、私だ……。」

レムの口から聞こえた声は確かにケイスの声だった。エレンブラは放心した様にレムに視線を止めた。

「え…………ケ…イス…なの?」

「ああ、話せば長くなるが、俺は確かにケイスだ。いや、元…か。」

「どういうこと………なんで…。」

エレンブラは現実に映る変わり果てた婚約者の姿にただ言葉を失った……。すると、シャルが突然レムの頬を張った。

「!!………どう…したんだ?」

「おい!シャル!どうしたんだよ?!」

「……まさか、ケイス……レイヴァンを吸収したんじゃ……。」

「!!」

レムの体がピクッと強張った。シャルの顔は憤怒に彩られている……。

「なに?どういうこと?レイヴァンって誰なの?!」

「……そうだ。俺はレイヴァンを吸収した。そして新たな護り手として新生した……。俺はもう、人間じゃない……。」

「何?!何なの?!どういうことさ!?」

「……そんな!……ケイス!アナタ、どう言う事をしたかわかってるの?!」

「ああ!!俺はもう元の生活には戻れないさ。でも、後悔はしていない!レイヴァンに支配され、俺の体が殺戮を繰り返すよりも、遥かにマシだ!!!!」

「何………どういうことか分かんないよ……。」

「エレンブラ、ちょっと来い、俺が説明する。」

ザイバックは困惑し狼狽するエレンブラに全てを打ち明ける為、エレンブラを屋敷内に連れて行った。ケイナスはその後をイソイソと追いかけて行った……。

「シャル……俺は君が静寂の巫女としてゲートに向かう旅に同行する……。護り手として、そして大切な友達として……。それじゃダメかい?………。」

レムはフッと項垂れた様にシャルの顔を覗きこんだ。シャルの目には雫の如く涙が溢れていた……。

「だって……私の為にケイスが……ケイスじゃ無くなったんだよ……。」

レムは温かく微笑みかけると、シャルをグッと抱き寄せた。小さくて細いシャルの体はフウッと吸い込まれるようにレムに引き寄せられた。

「シャルが気に病む事なんて無いよ……これは俺の意思だから……。」

「ケイス………。本当に、本当にいいの?危険な旅になるかもしれないんだよ?」

「いいに決まってる。それに、俺は強いよ。」

「分かった………。一緒に来て。ゲートまで……。」

シャルの蟠りは消えた……。暫く二人はそのまま抱き合っていたが、ザイバック達の視線に気付き、慌てて離れた。

「お二人とも!拙者達をお忘れでは無いですか!?」

「そうだぜ!!俺達だって付いて行くぜ!!」

「ザイバック……ケイナス……ありがとう!!」

シャルは今とても心が温かかった。異世界にこんなにも自分の事に親身になってくれる仲間が出来るとは思っていなかった。四人は固く握手を交わすと、沈み行く真紅の夕焼けに繋ぎ合った手を高らかに掲げてこれからの旅の誓いを心で結んだ………。

「そういえば、エレンブラは?」

レムが心配そうにザイバックに尋ねた。

「エレンブラなら大丈夫だ。まだ俄かには信じられないって顔してたけど、一応は納得したみたいだぜ。今日はもう休むって言ってたぜ。」

「そうか……彼女には悪い事をしたな。」

「なに辛気臭え事言ってんだよ!!アイツだってお前の事を信じてるから現実を受け止めようとしたんぜ……お前はその愛に応えなきゃな……それが、アイツへの最大の心遣いってもんだぜ!」

ザイバックは自分でも臭い事を言ったなと鼻筋を掻いて照れ臭そうに屋敷へ小走りに走っていった。

「拙者達はレム殿を信頼しています!誰もレム殿を恨むなどしませぬよ……。では、拙者もこれにて休まさせていただきますぞ。
明日からはいよいよ長旅の始まりですからな。」

「明日からはお世話になるね……。改めて宜しく!……それじゃ、私も先に寝てるね!」

ケイナスとシャルも続いて屋敷へ入っていった……。
レムは一人、帳が落ちかけた夕空に向かい、静かに目を閉じた。
これから始まる旅に想いを馳せながら……。

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