―カルムナール繁華街………旅の一行は立ち往生を喰らっていた。町人に諮問を求めると、今朝方、カルナムールに程近い【イーシュの森】にて不可解な動物の死骸が発見され、それを見ようと集まった野次馬が道を塞ぎ、交通難が生じていると言う…。

「変な死骸ねぇ……まさか、魔物じゃないよな?!幾らなんでもこんなに早く魔素が染み出るハズは無い……。」

アクイラは懸念を益々深め、苦い色を美しい顔に浮かべた。シャルの表情にも陰りが見られ、不安そうに胸を押さえ、騒擾(そうじょう)とした野次馬の群集を見つめている。

「行ってみよう……。本当に魔物の仕業かどうかは死骸を見れば一目瞭然のハズ……だろう?アクイラ。」

「あ、ああ……魔物に殺された者は体中に濃淡な紫色の光を纏うんだ。魔物から発せられた魔素が死者の魂を食い尽くしているとも言われてんだけどな。」

アクイラは苦笑して手をヒラヒラと振った。

「となれば、やはり実際に確認してみるが早いでしょうな。もし、死骸に光があれば、我々は魔物を成敗せねばなりませぬ。」

ケイナスが静かに低く言った。漆黒の瞳には微かだが、戦いに身を置く者としての戦闘への炎が見て取れた。

「だなっ!!もしかすりゃ、不可解な死骸って奴も噂の誇張かもしんねえし、だってよ、野次馬も結構あっさりと帰る奴が多いぜ♪」

ケイナスの言葉への賛成の意も明瞭に、ザイバックは玩具を得た子供の様に期待と興奮の色を浮かべ、一同に目配せした。
軽率だぞとレムに諌められ、数瞬の時こそ慎んだものの、僅かな空白を経るや否や、レムの諌めも元の木阿弥となった。

「大丈夫だって!シャルさんはボクらが護るし、町の人にも被害は出させないから……。」

「あ……!」

暫く遣り取りを傍観していたエレンブラは、シャルの震える肩をそっと抱くと、ニッコリと笑って見せた。母に抱かれている様な温かさがシャルの体を、そして心の不安と緊張を包み、シャルは自然と己が内に侵食していた緊迫感や懸念、そして不安が取り除かれていく………そんな優しい感覚で満たされていくのを感じた……。と、その様子をじっと伺っていたアクイラは、何やら感慨深く首を傾ぐと、何かしらの答えに行き着いた様に次の瞬間には目を見開き、消え入りそうな声で呟いた。

「やっぱ……【副作用】か……。」

隣に居たレムは、その微かな声を聞き逃さなかった。シャルをチラチラと目で追いながら考え込むアクイラに近づくと、

「アクイラ……今言った【副作用】とは何の事だ?シャルに関係があるんじゃないか?…。」

あくまでも優しく、しかしその言葉から伝わってくる物には有無を言わさぬ覇気が内包されていた。アクイラは一瞬、誤魔化し躊躇したが、無駄だと悟ったのか、はぁと大きく溜息を吐くと、レムの耳元に口をあてがった。

「今から話す事は巫女様には絶対内緒だぞ。巫女様以外のヤツには後でレムから内密に伝えてくれ。……巫女様の姿が実年齢よりも若い理由は知ってるな?……そう、それはコッチで密偵活動をしながら本来の使命であるゲート開放を遂行する為、コッチの法律で一番規制が緩和されてる15,6歳の姿になって、より自由な状態にしておく……だな。」

「ああ、それは分かっている。」

「話を続けるぞ……最近の巫女様を見て何か気付かないか?」

「う〜ん……確かに、シャルは静寂の巫女に関連する事象に対し、極端に不安や自責を背負っている様な……そう、気負い過ぎている気がする……。」

「その通り!確かに巫女様の背負ってる使命は、世界そのものの命運を握ってる……不安になるのも、責任感に縛られるのも分かる……。でも、ギエルハイムに居た頃の巫女様はとても凛としておられ、不安や自責を制御出来ていた……。だが、今の巫女様はどうだ……制御どころか押し潰されそうになっていらっしゃる。」

不意にアクイラの顔に喪失感が浮かんだ。

「実はな、巫女様の様に実年齢よりも若い頃の姿に若年化(ミュータンス)する技術ってのは、ギエルハイムでも超高度な技術なんだ。成功例も著しく少ない。巫女様がまともにミュータンス出来た数少ない実証例の一つだ。但し、やはり失敗者と同様にして、欠損が生まれていたらしい……。」

「欠損?」

「そうだ、失敗した者の殆どは、何かしらの欠損が発生したんだ。例えば、腕だけが若年化してしまい、アンバランスな体型になったとか、記憶を全て幼児の頃に戻されたとか……。どれも社会不適合者として施設送りさ……。巫女様は欠損と言っても、元のお姿に戻れば消える軽症だけど、ただ、旅には大いに差支えがあるんだよな……。【心の脆弱化】……それが巫女様が負った副作用だ。強い使命感や正義感、そして不安や緊張に対して過度に弱くなるんだ……。最悪、そのプレッシャーって奴に押し潰されてしまって、廃人になる可能性だってある……。」

「そうか………。」

レムは静かに相槌を打つと、踵を返してシャル以外を呼び、シャルの副作用を言葉密かに伝えた。その間、アクイラはシャルと会話を交わし、シャルの気をアクイラに集中させた。話が終るとほぼ時を同じくして、レムも伝え終えた様子で、チラリと視線でアクイラに終了の合図を送った。

「それじゃ、ヨロシク頼むぜ!レム……。巫女様はお前を頼りに思ってる……。お前が掛ける励ましの言葉、労いの言葉は必ず巫女様を救う……。」

「分かった……。」

二人は暗黙の握手を交わすと、何事も無かったかのように談笑を交わしながら戻ってきた。

「決まったぜ!今からイーシュの森で魔物散策に行く!」

「みんな、本当に魔物が出現した時の為に、武器の携帯は忘れるなよ……。エレンブラとシャルは俺とアクイラに付いて来てくれ。」

「うん!分かった。絶対に護ってよね!二人とも。」

「レム、アクイラ……無茶はしないで…。」

「ああ、分かってる!」

「勿論ですとも!命は惜しいですから♪」

「と言う事は、拙者とザイバック殿が組むんですな。」

「ヘヘヘヘ♪刀と剣、どっちが早く魔物を倒せるか……勝負しようぜ!」

「フフフフ、望むところです!」

レム達は、野次馬の間を巧みにすり抜けると、死骸のある森の入り口に着いた。そこに横たわっていた動物は、鹿らしき物だったが、全身は濃淡な紫の光に覆われ、正に異形の様相だった……。背筋にゾクッとする悪寒が走る様な感覚にレムは顔を歪めると、

「行くぞ!これで魔物が居る事はハッキリした。早く見つけて倒すんだ。町の人に被害が及ぶ前に!!」

森の奥の一点だけを見据え、怒声にも似た声で叫んだ。辺りに散開している仲間達を一瞥し、全員が頷くのを確認すると、レムは風の様に森の中へと駆けて行った。それに続く様にしてザイバックとケイナスが走り出し、最後にアクイラがエレンブラとシャルを抱え、森へと走った。

「ちょ、ちょっと恥ずかしいから降ろしてって!」

「アクイラ!急いで!レムに追いついて!」

「恥ずかしいだの急げだの…注文は一個にしておくんなさいよ!」

エレンブラ&シャル「レムのトコに急いで!!」

「ヘイヘイ……。」

辺りの野次馬に騒然とした空気が流れていた……。こうして、レム達は魔物を倒すべく、森の中へとその一歩を踏み出した……そして、この行動こそが、彼等の運命の歯車に拍車を掛ける事となる………。

?へ続く…

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