朝の陽光が燦々とアスファルトの路面に温もりを蓄えている…。
木々達は光を浴びて風にそよいではサワサワと音を立てた。
身が透き通る様な空気……。そんな心地の良さを全身に受け、梛と茜は歩いていた。

「なぁ、どこに行きたい?」
嘲笑する姉の見送りから二十分ほどが経過し、梛と茜は静かな遊歩道を過ぎようとしていた……しかし、その間の会話は乏しく、茜は何やら俯き気味に梛と若干の距離を保ちつつ歩みを進めている……。

「………ど、どこでもいいです……。」

「もしかして……迷惑だった……か?」

「!!」

「ハハ、そうだよな……行き成りこんな風に連れ出すんだもんな。」
梛は自嘲気味に頭を掻いた。茜はその光景を見るや顔をガバっと上げ、慌てて梛の隣りに近づいた。

「い、いえ!違うんです!!迷惑とかじゃなくて……その……嬉しかったんです………。梛様が私を構ってくれて……。でも、恥ずかしくって………。」
顔を仄かに桜色に染めると、茜はモジモジと体を小刻みに揺らした。梛はホッとしたように顔の緊張を緩めると、茜の肩をポンと叩き、突然走り出した。

「おーーい!早く来いよ!!コンビニ行くぞ!」
嬉しそうに顔を綻ばせながら梛は軽やかな足運びで駆けた。

「ちょ、ちょっと待って下さいよぉ!!コンビニって何ですかぁ?」
突然の事に咄嗟の判断が出来なかったが、茜は慌てて梛を追った。“コンビニ”……茜にとってそれは初めて耳にする言葉だった。一体どんな所だろう?…そんな期待と好奇心に胸を膨らませ、茜は梛を追った。暫く走ると、梛がとある建物の前で止まった……。

「ハァハァハァ……ここが、コンビニって言う俺達現代人が愛用してる店だ。」
梛の指差すままに視線を送ると、目の前には色とりどりに装飾された立て札らしき物がクルクルと回っており、建物は中が透けて見え、同じ服を着た人間が二人ほど小さな空間に佇んでいる……。茜は不思議な光景に思わず首を傾げた。

「梛様……ここが、コンビニと言う場所ですか?」

「そうだぞ。中に入るか?」

「はいっ!!」
瞳をキラキラと輝かせ、茜は梛の後に続いた……。
まず目に飛び込んできたのは、緑色の敷物が敷かれたスペースだった。視線を敷物から上へ送ると、そこには半透明の壁に亀裂が入った“何か”が行く手を塞いでいる……。

「あの……梛様、行き止まりでは?」
すると、梛はハハハと軽く笑い、茜の頭をポンと叩いた。

「そっか…茜は知らないよな♪よーく見とけよ!」
自信たっぷりに勿体つけながら、梛は敷物に足を踏み入れた……。シュイーーーン…突然に奇妙な音を立て、半透明の壁は真っ二つに亀裂から別たれ、梛はその間を何事も無く通過し、店内へと入った。一方の茜は目の前に起きている怪奇現象に目をパチクリと見開き、驚きのあまりに声を失っていた……。

「ホラ、茜も来いよ。」

「は、はい…。」
梛に呼ばれ、茜は恐る恐る敷物に足を踏み入れた、と次の瞬間、再び半透明の壁は亀裂から別たれた。

「やった……私にも出来た!」
純粋無垢な笑顔を梛に向け、茜は店内に入った。店内に入るや、

「いらっしゃいませ。」
と同じ服を身に纏った人間の声がした。辺りは様々な物で溢れ、茜にはどれも興味を引かれるものばかりであった。そんな様子を一人微笑ましく思いながら、梛はジュースを二本手に取り、レジに向かった。

「梛様?何をなさるんですか?」

「お会計だよ!」

「はぁ…………。」
ピッピッとリズム良く音が聞こえ、茜は何が起こっているのかを把握する暇も無い内に、梛に呼ばれコンビニを後にした。

「さっきのアレは何ですか?」

「ああ、アレね……あれはレジって言って、品物をお金で買う所だ。で、緑の敷物が敷いてあった所は、自動ドアって言って、手を触れなくても開く扉なんだよ。」

「そうなんですかぁ……。勉強になります。」
感心したように顔を綻ばせると、茜はペコリと頭を下げた。あまりに純真な茜に何だか気恥ずかしくなった梛は、鼻筋をポリポリと掻きながら、先程買ったジュースを一本取り出し、茜に手渡した。

「ホラ……これ飲めよ。」

「これは………?」

「ジュースって言う甘い飲み物。」

「………ありがとうございます♪」
どこまでも純真に、無垢な茜……梛は茜が喜んでくれるなら何でも出来る……そんな気がした。ジュースのキャップの外し方をレクチャーすると、梛は茜の反応を窺った。慎重に一口を飲み込む茜の姿は、とても愛らしいものだった。

「ゴクッ…………うわー、おいしいです♪」
満面に笑みを浮かべると、茜はニコニコとジュースを飲んだ。
ジュース一本で大層喜ぶもんだなと思いつつ、梛の顔は綻んでいた……。

「それじゃ……次はどこ行きたい?」
ジュースを飲み終え、一段落したところで梛は茜に行き先を問うた。茜はうーんと思案気に頭を傾げたが、

「どこでもいいです♪」
結局はこの一言に尽きた………。梛は苦笑を浮かべると、

「じゃあ俺と茜が出会った、あの神社に行こう!」

「はい!」
二人の出会いの場所……人も行き来の少ない寂れた神社を提案した。茜も快く賛成してくれ、こうして二人は再び来た道を戻りながら、神社を目指した。

―二十分後……。二人は神社の鳥居の下に来ていた。
鮮やかな赤が風雨に晒され、寂れた錆朱色へとその彩を貶めた二本の柱は、何とも物悲しげに立っており、梛の霊力に不思議な懐かしさを想起させた……。

「やっぱ何時来てもガランとしてんなぁ。」

「そんな事言ったら罰が当たりますよ。」
何気ない会話を交わしながら、二人は境内へとその足を進めた。
白と黒の玉砂利が石造りの通路の脇にびっしりと詰められ、更に端のほうは木々が鬱蒼と生い茂り、かつての賑わいを見せた神社の廃れた様子をまざまざと物語っていた。
二人はそこで暫し歩みを止め、何やら感慨深く言葉を交わした………。

「にしても、ここで茜と出会ったんだよなぁ……。」

「何言ってるんですか♪まだ出会って一日しか経ってませんよ。」

「いいのいいの!こういうのって、付き合った時間とかじゃ無いと思うんだ。」

「………梛様って、意外と繊細ですね。」

「まだ出会って一日で、俺が分かるかっつうの!」

「それもそうですね♪フフ……。」

「ハハハハ……。」
何気ない……しかし梛にとっても、茜にとっても掛け替えの無い時間だった。お互いが少しは理解し合えた……否、より特別な感情が芽生えの兆候を衒い始めた……そんな実感が梛には沸き始めていた……。と、突然に辺りの空気が剣呑なものへと変わり、“異”の気配が梛を襲った。茜とは全く異なる感覚……。梛は咄嗟に茜を見遣った。案の定、茜も異様な気配に気付いているらしく、真剣な面持ちで辺りを警戒している。

「梛様……。」

「ああ、恐らく境内の奥からだ……行くぞ!」
梛と茜は気配の方へと駆け出した……。恐怖はあったが、このまま去るのも躊躇われる程の異………。確かめずには居られなかった……。

「そこか!?」
境内の奥へと辿り着いた二人は、意を決して気配へ身を晒した………未曾有のバケモノか、はたまた凶悪な霊か……?

「ウガ?……お前、何だ?」
そこに居たのは確かに異形ではあるものの………犬であった。

「い………犬ぅ?!」

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