我が家の氏神さま!第二話-?「秘密を明かし…」
2005年2月22日 連載二度目の床掃除を終えた茜はふと“ある事”を思い出した。とてもとても重大な事…。
急を要する事…。ハッと目の前にある半開きのままの扉に顔を向けると、冷や汗が滲んでいるのが分かった。
「どうしよう!?紅丸の事すっかり忘れてたぁ!大変だよ〜!悠良さんに…悠良さんに見付かっちゃう!!」
茜の心配は、懸念は既に部屋の中で展開されていた。茜が床の拭き掃除に意識を向けてから雄に10分以上の時間が経過している。その間、部屋の中では……
―紅丸は悠良に事情を説明していた。始めのうちは聞く耳も持たずにいた悠良も、紅丸の聞き覚えのある声によりその臨戦態勢を止めていた。
「……ホントに……紅丸なのか?」
昨日の夜まで、眠る寸前まで狛犬の愛らしい姿をしていた紅丸が今、自分の目の前で美しい青年の姿をしている事にどこかまだ怪訝そうに、悠良は尋ねた。
「本当に私は紅丸ですよ。」
「じゃあ、何でコソコソ逃げる様にしてんだよ!?」
「それは、こんな姿で悠良殿と添い寝していたんではそれこそ悠良殿が目が覚めた時に驚かれると思って……。」
「……確かに。」
納得のいった様に頷くと、悠良はふぅと溜息を吐いた。悠良には弟の梛と同じく「霊力」がある。彼女は故に神や霊といった非現実的な存在を見る事も出来れば、触ったり話したりする事も出来る。幼い頃から備わったその力が、目の前にいる、紅丸と名乗る男に反応している…。彼女にとって、それはどんな言い訳よりも確かな確証を齎してくれた。
「……わかったよ。信じてやるか。アタシの部屋に侵入出来るヤツなんかまずいないからね。アタシと寝てた紅丸はアタシの横にはいない、その変わりに人の姿をした紅丸がそこにいる……。そうなんだな?」
漸く疑いが晴れた紅丸はホッと胸を撫で下ろすと、微笑みながら言った。
「ええ、そうです。私は式神ですから。」
「よく分かんない理由だけど、ま、いいか。」
それに応える様に悠良もニッコリと笑った。何とか大事に至らずに済んだ事に紅丸は内心で冷や汗を拭うと、悠良がもう一眠りすると言う事なので、部屋を出る事にした。
―と、
ゴツッ!!!!
何か硬いものが扉を開けた途端、勢いよくぶつかった音がした。
「イッッッッタァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
次に絶叫の様な叫びが木霊した。紅丸は何事かと覗き込むと、
「あっ………」
頭を抑えて涙を流している茜がうずくまっていた。
―しまった!茜が廊下にいるのを忘れていた―
額に手をあてがうと、紅丸は嘆息した。
「いや、すまない……。すっかり茜の事を忘れていたよ。悠良殿に事情を説明するのに精一杯で……大丈夫か?」
しかしすぐさま茜のもとに駆け寄るや否や、紅丸は素直に非を詫びた。茜はその綺麗な瞳に涙を一杯に溜め込み激痛に呻く頭部を押さえ紅丸を見た。
「ひっく……痛いよぉ……。」
泣きべそを掻きながら茜は訴えかけるように紅丸を見据え、溢れてくる涙を白く透き通った頬に流した。
「す、すまん!そんなに痛かったか?………。」
紅丸は予想以上の痛がり様に動揺した。女性の涙と言うものに慣れていない分、こういう時の対処法を紅丸は知らなかった。ただただオロオロとするだけで、一向に良い案が浮かばない。すると、
「一体どうしたんだよ?こんな朝っぱらから…何の騒ぎだ?」
悠良の部屋の隣に位置するもう一つの部屋から、若い男の声がした。声は眠気をまだ伴っており、恐らくは茜の叫び声に起こされたのだろう。部屋から出てきた男はボサボサに寝癖の付いた頭をボリボリとガサツに掻きながら紅丸と茜の方に近づいてきた。
「梛殿!!丁度良かった!」
紅丸は男を梛と呼び、明るい顔色を浮かべた。そう、彼こそが茜に最高の霊力者として認められた主人であり、紅丸の主人をも買って出た「出雲 梛」だった。梛は、怪訝そうに床にうずくまる茜を見た。
「……どうしたんだ?」
梛に呼ばれた茜は、それこそ何かが弾けた様にブワっと大粒の涙を零しながら梛を見上げた。
「うわっ!?な、なななな何なんだよ?!」
梛も紅丸と同様に女性の涙には抗体が無かった。もっとも、姉の悠良が涙などするはずも無い為に仕方の無い事でもあった。まるで自分が泣かせたかの様に梛は罪悪感に苛まれた。
「うぇっく……梛……さまぁぁぁぁ!!」
「わわわ、だから何だよ?!」
涙を止め処無く流しながら茜は梛に飛びついた。全く状況が把握出来ていない梛はただオロオロと狼狽するだけで言葉もたどたどしく空を吐いた。
「え?え?一体何がどうなってこうなったんだ??」
すがる様に抱き付いている茜越しに梛は紅丸に視線で ―状況を説明してくれ―と送った。
それを直ぐに汲み取った紅丸は少し申し訳なさそうに口を開いた。
「すいません……私の不注意で…その、茜が廊下にいたのを忘れて扉を…その…勢い良く開けたら……まぁ、ゴツンと…。」
「茜の頭にクリーンヒット、場外ホームランってワケか?」
気まずそうに話す紅丸の言葉を梛が続けた。紅丸はただコクリと頷くと黙ってしまった。
「なんだ……そんな事か。焦ったぞ、ホント……。俺が何かやらかしたかと思った。」
怒られるのかと思い俯いていた紅丸は予想外の反応に驚き顔を上げた。
「え?……私を諌めないんですか?」
そして思わず梛に問うた。すると、梛は苦笑しながら茜の頭を優しく撫で、紅丸に視線を移した。
「どうして俺が紅丸を怒る必要があるんだよ?不可抗力…事故ってヤツじゃないか。」
「梛殿……。」
梛の言葉に紅丸はふぅっと全身の力が抜けた様な感覚に陥った。今の今まで罪悪感と焦り…動揺に困惑といった感情にどうしようもなくなっていた自分が嘘の様に安堵している。
―やはりこの方には秘められし力がある様だ。茜が見込んだだけはある…―
そう心の中で感心すると、紅丸は安堵の溜息を吐いた。
「茜……大丈夫か?こんなの冷やしときゃ治るって。」
優しく梛は茜の頭を擦り言った。すると、さっきまで洪水のように涙を流していた茜の瞳からはピタリと涙が止まってしまった。
「…はい。あの…梛様……。」
「うん?」
「ありがとうございます!……その……嬉しいです……その一言が…。」
「そっか……そう言ってくれると俺も何か嬉しいよ。」
泣き濡らして赤くなった鼻を擦りながら、茜はニッコリと純真な笑顔で梛を見た。
梛はそれに満足そうに頷くと、茜の為の氷枕を取りに向かった。
―と、不意に廊下に腰を下ろし、微笑みを浮かべる美しい青年の姿が梛の目に留まった。
紅丸との会話は記憶にあるのだが、梛にはどうしても目の前の青年に覚えが無い。
―あれ?さっき話してたのは紅丸…だよな?…紅丸は狛犬だろ………ん?―
つい数分前の記憶を必死に模索するが、やはりどうしても思い出せない。茜の方に視線をやると、その見知らぬ男に微笑みかけている。しかも、なにやら見知らぬ男は親しげに茜と話し始めた。梛はますます混乱した。
―???誰?誰?誰?誰?………知らない男……侵入者???―
梛の視線に気付いた紅丸はキョトンした様子で首を傾げた。
「ん?どうしました?梛殿?」
「…………お前……誰?」
「あ!(この姿の事言ってない……)」
「いや、その……。」
「…………誰?」
続く。
急を要する事…。ハッと目の前にある半開きのままの扉に顔を向けると、冷や汗が滲んでいるのが分かった。
「どうしよう!?紅丸の事すっかり忘れてたぁ!大変だよ〜!悠良さんに…悠良さんに見付かっちゃう!!」
茜の心配は、懸念は既に部屋の中で展開されていた。茜が床の拭き掃除に意識を向けてから雄に10分以上の時間が経過している。その間、部屋の中では……
―紅丸は悠良に事情を説明していた。始めのうちは聞く耳も持たずにいた悠良も、紅丸の聞き覚えのある声によりその臨戦態勢を止めていた。
「……ホントに……紅丸なのか?」
昨日の夜まで、眠る寸前まで狛犬の愛らしい姿をしていた紅丸が今、自分の目の前で美しい青年の姿をしている事にどこかまだ怪訝そうに、悠良は尋ねた。
「本当に私は紅丸ですよ。」
「じゃあ、何でコソコソ逃げる様にしてんだよ!?」
「それは、こんな姿で悠良殿と添い寝していたんではそれこそ悠良殿が目が覚めた時に驚かれると思って……。」
「……確かに。」
納得のいった様に頷くと、悠良はふぅと溜息を吐いた。悠良には弟の梛と同じく「霊力」がある。彼女は故に神や霊といった非現実的な存在を見る事も出来れば、触ったり話したりする事も出来る。幼い頃から備わったその力が、目の前にいる、紅丸と名乗る男に反応している…。彼女にとって、それはどんな言い訳よりも確かな確証を齎してくれた。
「……わかったよ。信じてやるか。アタシの部屋に侵入出来るヤツなんかまずいないからね。アタシと寝てた紅丸はアタシの横にはいない、その変わりに人の姿をした紅丸がそこにいる……。そうなんだな?」
漸く疑いが晴れた紅丸はホッと胸を撫で下ろすと、微笑みながら言った。
「ええ、そうです。私は式神ですから。」
「よく分かんない理由だけど、ま、いいか。」
それに応える様に悠良もニッコリと笑った。何とか大事に至らずに済んだ事に紅丸は内心で冷や汗を拭うと、悠良がもう一眠りすると言う事なので、部屋を出る事にした。
―と、
ゴツッ!!!!
何か硬いものが扉を開けた途端、勢いよくぶつかった音がした。
「イッッッッタァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
次に絶叫の様な叫びが木霊した。紅丸は何事かと覗き込むと、
「あっ………」
頭を抑えて涙を流している茜がうずくまっていた。
―しまった!茜が廊下にいるのを忘れていた―
額に手をあてがうと、紅丸は嘆息した。
「いや、すまない……。すっかり茜の事を忘れていたよ。悠良殿に事情を説明するのに精一杯で……大丈夫か?」
しかしすぐさま茜のもとに駆け寄るや否や、紅丸は素直に非を詫びた。茜はその綺麗な瞳に涙を一杯に溜め込み激痛に呻く頭部を押さえ紅丸を見た。
「ひっく……痛いよぉ……。」
泣きべそを掻きながら茜は訴えかけるように紅丸を見据え、溢れてくる涙を白く透き通った頬に流した。
「す、すまん!そんなに痛かったか?………。」
紅丸は予想以上の痛がり様に動揺した。女性の涙と言うものに慣れていない分、こういう時の対処法を紅丸は知らなかった。ただただオロオロとするだけで、一向に良い案が浮かばない。すると、
「一体どうしたんだよ?こんな朝っぱらから…何の騒ぎだ?」
悠良の部屋の隣に位置するもう一つの部屋から、若い男の声がした。声は眠気をまだ伴っており、恐らくは茜の叫び声に起こされたのだろう。部屋から出てきた男はボサボサに寝癖の付いた頭をボリボリとガサツに掻きながら紅丸と茜の方に近づいてきた。
「梛殿!!丁度良かった!」
紅丸は男を梛と呼び、明るい顔色を浮かべた。そう、彼こそが茜に最高の霊力者として認められた主人であり、紅丸の主人をも買って出た「出雲 梛」だった。梛は、怪訝そうに床にうずくまる茜を見た。
「……どうしたんだ?」
梛に呼ばれた茜は、それこそ何かが弾けた様にブワっと大粒の涙を零しながら梛を見上げた。
「うわっ!?な、なななな何なんだよ?!」
梛も紅丸と同様に女性の涙には抗体が無かった。もっとも、姉の悠良が涙などするはずも無い為に仕方の無い事でもあった。まるで自分が泣かせたかの様に梛は罪悪感に苛まれた。
「うぇっく……梛……さまぁぁぁぁ!!」
「わわわ、だから何だよ?!」
涙を止め処無く流しながら茜は梛に飛びついた。全く状況が把握出来ていない梛はただオロオロと狼狽するだけで言葉もたどたどしく空を吐いた。
「え?え?一体何がどうなってこうなったんだ??」
すがる様に抱き付いている茜越しに梛は紅丸に視線で ―状況を説明してくれ―と送った。
それを直ぐに汲み取った紅丸は少し申し訳なさそうに口を開いた。
「すいません……私の不注意で…その、茜が廊下にいたのを忘れて扉を…その…勢い良く開けたら……まぁ、ゴツンと…。」
「茜の頭にクリーンヒット、場外ホームランってワケか?」
気まずそうに話す紅丸の言葉を梛が続けた。紅丸はただコクリと頷くと黙ってしまった。
「なんだ……そんな事か。焦ったぞ、ホント……。俺が何かやらかしたかと思った。」
怒られるのかと思い俯いていた紅丸は予想外の反応に驚き顔を上げた。
「え?……私を諌めないんですか?」
そして思わず梛に問うた。すると、梛は苦笑しながら茜の頭を優しく撫で、紅丸に視線を移した。
「どうして俺が紅丸を怒る必要があるんだよ?不可抗力…事故ってヤツじゃないか。」
「梛殿……。」
梛の言葉に紅丸はふぅっと全身の力が抜けた様な感覚に陥った。今の今まで罪悪感と焦り…動揺に困惑といった感情にどうしようもなくなっていた自分が嘘の様に安堵している。
―やはりこの方には秘められし力がある様だ。茜が見込んだだけはある…―
そう心の中で感心すると、紅丸は安堵の溜息を吐いた。
「茜……大丈夫か?こんなの冷やしときゃ治るって。」
優しく梛は茜の頭を擦り言った。すると、さっきまで洪水のように涙を流していた茜の瞳からはピタリと涙が止まってしまった。
「…はい。あの…梛様……。」
「うん?」
「ありがとうございます!……その……嬉しいです……その一言が…。」
「そっか……そう言ってくれると俺も何か嬉しいよ。」
泣き濡らして赤くなった鼻を擦りながら、茜はニッコリと純真な笑顔で梛を見た。
梛はそれに満足そうに頷くと、茜の為の氷枕を取りに向かった。
―と、不意に廊下に腰を下ろし、微笑みを浮かべる美しい青年の姿が梛の目に留まった。
紅丸との会話は記憶にあるのだが、梛にはどうしても目の前の青年に覚えが無い。
―あれ?さっき話してたのは紅丸…だよな?…紅丸は狛犬だろ………ん?―
つい数分前の記憶を必死に模索するが、やはりどうしても思い出せない。茜の方に視線をやると、その見知らぬ男に微笑みかけている。しかも、なにやら見知らぬ男は親しげに茜と話し始めた。梛はますます混乱した。
―???誰?誰?誰?誰?………知らない男……侵入者???―
梛の視線に気付いた紅丸はキョトンした様子で首を傾げた。
「ん?どうしました?梛殿?」
「…………お前……誰?」
「あ!(この姿の事言ってない……)」
「いや、その……。」
「…………誰?」
続く。
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