“翠”…それが彼の名前だった。最高神と共に育った軍神で、今は部下の茜という氏神の探し出した“候補者”との接触を終え、“真実”を紡ごうとしている…。
「分かった。何れは明らかになる事だ……この際ハッキリとしておこう。先ず、茜は元始開闢天神様により創造を賜った氏神という存在で、人間の家名に宿り、家を守り、霊力を持つ者に仕える役目を担っている。」
感情を込めずに言う翠は、梛達の反応など気にもせずに淡々と続けた。
「茜の様に氏神は他にも多数存在し、天神様は、これら氏神の探し出した候補者から正統な“覇者”を見極めるおつもりだ。」
梛の頭には聞きなれない言葉ばかりがグルグルと巡っていた。“候補者”“覇者”……一体何の事だろう?……悠良も言及した事ではあるが、茜が自分に付き従う本当の理由とは…。
それがこれから翠という得体の知れない神から語られようとしている。梛は真実を知る事に不安もあったが、それ以上の好奇心が彼に耳を傾けさせていた。
「そういえば、候補者が何かを言ってなかったか…候補者とは覇者になれる素質を持つ霊力者の事だ。覇者とは天神様が認める最高の霊力者の事……。」
「………茜が仕える理由は、その覇者って奴を選定する為か?」
横にいた悠良が真に迫る声色で翠に言及した。翠は悠良を横目で流すと、再び事務的な口調で告げた。
「察しが良いな。そうだ、氏神の本来の目的は“覇者”となる候補者を探し出す事にある。氏神とはそれが役目であり、それ以上の存在では決して無い……。」
言葉には感情が無く、梛には酷く冷たいものに感じられた。そして氏神を、茜をモノの様に言う口振りに、不快を覚えた。
「で…その覇者って奴は何の為に必要なんだ?」
梛は翠を睨み付ける様に静かに問うた。
「暴走体の元凶を消し去る為だ……。」
しかし翠は全く表情を変える事無く応えた。
「紅丸から聞いたが、暴走体ってのは神の成れの果てなんだろ?それを何だって……。」
「それは霊力者にしか暴走体は感知出来ないからだ。」
―それは紅丸から聞いたものと同じ言葉だった……。暴走体を感知できるのは霊力者だけと。しかし梛にはそれでも腑に落ちなかった。ならば候補者など見つけなくとも霊力者に協力を仰げば済む話しじゃないか……そう思ったが、しかし口にはしなかった。言った所でどうなる話でも無い様に思えたのもあるが、何よりもそれで済むのであれば初めからそうしていたハズである……。覇者が必要な理由が、もっと大きな真実あると、梛は直感で分かった。ある程度の勘繰りを済ますと、梛は視線で翠に続きを促した。それに応えるように翠は静かに語り始めた……。
「暴走体にはそれを生み出す元凶が存在する。そして、それを打ち滅ぼさなければ天上界も地上も死滅する事になる。」
「!!」
翠の言葉に梛を含めた全員が凍りついた。茜や紅丸も例外ではない。さらりと言って退けたが、その内容はとても深刻なものだった。世界の滅亡を示唆するその言に、誰一人として言葉を発せ無かった。
「驚くのも無理は無い。昨日今日で氏神と出会い、私と出会い……挙句の果てには候補者とされ世界の滅亡をも通告されたんだからな……。だが、これは紛れも無い事実だ。一刻も早く覇者を見つけ出し、“あれ”を託さねばならん。覇者にしか扱えぬ、唯一暴走体に対抗できる“あれ”を……。」
初めて感情を露にし、歯噛みする翠……。俄かには信じ難い事だが、嘘にしては大業過ぎる……。梛は事の真相を確かめる為にはこの頭の中に染み入ってくる嫌な感覚の正体をこの目で確かめる事しかないと、そう感じた。ふうと溜息を吐くと、翠に真摯な眼差しを向けた。
「………分かった。その元凶を断てば、世界の滅亡は避けられるんだな?」
「え?ちょっと梛、まさか……。」
梛の語気に、悠良は嫌な予感を覚えた。梛は幼い頃から危険な事に手を出す時には静かな、そして語気に強い意志を込めて話す癖がある。姉として、家族としてずっと梛と生活を共にして来た悠良にはすぐに分かった。梛が覇者になるつもりでいると……。
「ああ、そのまさかだよ!俺にしか出来ない事なら俺はやりたい…。悠良姉には心配掛けるかもしれないけど、世界が滅亡するか否かって時に何もせずに終わりを迎えるのは嫌だから…。」
珍しく心配そうに梛を見る悠良に笑顔で応えると、梛は翠に視線を戻した。
「俺は、候補者なんだろ?ってことは覇者になる事が出来るって事だよな?」
「……ああ、しかしそれには先ず覇者となる者の選抜を行わなければ……。」
「選抜?」
翠の言葉に梛はすっとんきょうな返しを送った。―なんだ?俺以外にも候補者っていんの?― 言い掛けたが声にはなっていなかった。目を文字通り点にした梛に一瞥を下すと、
翠はこくりと頷いた。
「そうだ……選抜だ。残念ながら候補者と言うのはあくまでも覇者になる“可能性”を秘めた者の事だ。今後現れるであろう暴走体との戦いなどを参考に、天上界の神々の議論の末に決定する事なのだ。」
「………はぁ。」
まだ理解の及ばない頭で、梛は生返事を返した。翠は構わずに続けた。
「現在、覇者の候補として上がっているのは君を含めると4人になる。この4人の中から、厳選な審査の元に、覇者は決まるのだ……。」
「なるほどな……。サッカー日本代表みたいなもんか……。」
「何だ?それは………。」
「い、いや何でも無い。」
「そうか……では、覇者の候補として暴走体と戦うんだな?」
「あ、ああ…。もちろん……。」
―そういえば神様だからウケるハズ無いか……。浅はかな発言に梛は恥ずかしくなった。
悠良も呆れた様に頭を抑えている。梛は場の空気を一変させてしまった……。―あちゃ〜…流石の茜も呆れてるかも…。と、梛が茜に視線を向けるのと同時に、突然に茜が梛に掛け寄り深く頭を下げた。
「ごめんなさいっ!!私……その……ずっと黙っていて…。本当は、もっと早く梛様に告げるべきだったんですけど……。その……。」
「茜……?」
半ベソをかきながらペコペコと心底申し訳なさそうに誤る茜に、梛は優しく微笑みかけると、その細く華奢な体を優しく抱きしめた。
「別に……俺は何にも気にしちゃいないよ。確かに驚いたけど……俺はお前とあの日出会った時からこれは運命なんだって……そう思った。小さい時からあるこの霊力が、漸く役に立つ日が来たんだって……。だから、俺は何にも気にしちゃいない…。」
「梛……様……。」
―温かい。茜は梛の腕の中で心地よさを感じていた。少し堅いが決して嫌ではないその感触……。同時に茜は自分の頬が紅潮しているのに気付いた。心音は早鐘を鳴らし、頭はポーッっと煙掛かった様にぼやけている。―なんだろ?この気持ち……。梛様をまともに見れないよ……。梛と視線を合わせたが最後、茜は心臓が飛び出しそうな、そんな感覚に陥った。だが、もう少しこうしていたい……そんな気持ちもあった。
茜は梛に……自分の主人に仄かな想いを抱いてしまった……。

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